視点

 

歴史ある西陣織の「加納幸」の100年以上続く町家の社屋は、驚くほど洗練されていてモダンな佇まい。今でも生産をほぼ西陣100パーセントでまかなう数少ない西陣のメーカーとして、着物や帯、小物まで制作しています。

 

 

出迎えてくださった5代目加納大督さんは、この10月社長に就任されたばかり。「歴史や技術とかそういうことはさておいて、一目見た時にグッと心を奪えるものを作らなくちゃダメなんです。」と、笑顔でおっしゃっていました。伝統工芸のメーカーを運営されている方から、このような言葉を聞くとは思ってもいなかったので、びっくり。

 

 

「だって、美しい帯や着物は生活に必要不可欠なものじゃないんですよ。携帯がこれだけ普及していて時間を見るのはiPhoneなのに、腕時計をするじゃないですか。嗜好品だからこそ、パッと見ただけで勝手にイメージができるような商品にしなくてはいけない。」

 

 

そして、ファッションブランドとコラボレーションしたり、世界的な生地の展示会に出展したりと活躍の幅を広げています。「本業を本業として続けているために、他の仕事も意欲的にしています。決して本業をおろそかにしている訳ではないんです。他の仕事をすることで、本業に活きてきますから。」

 

 

 

 

わたしが地方創生や工芸、産業などを元気にするお手伝いがしたいと強く思い、活動している理由の1つに、そこがあります。

 

 

どんなに素晴らしい類稀な技術を持っていて、真似できないような深い歴史があったとしても、人の心はそれだけでは動かせない。前にも書きましたが、人は自分ごとにならないと動かない。だからウンチクなしにハッとさせたり、どうしても欲しいと惚れさせる必要がある。だって、美しいものは美しいし、美しいということは人の心を揺さぶり惑わせるから。

 

 

美しいというのは製品の外面だけではありません。小手先で売れるものを作ったり外面を体裁よく変えるということではなく、全てを含めた本質的な美しさを深く掘り下げていくことで、さらに魅力的に魅せられる!と確信しています。

 

 

そして、1つのものを深く見つめるだけでなく、周りを見渡し情報を集め、全てを良い方向に再編集する感性や直感が大切だと感じています。今までの常識をそのまま信じるのではなく疑ってみる、それが、新たな価値観を生み出す糸口になると思います。それには、やったことのない新たなチャレンジや取り組みが、生きた教養を身に付けることになると思うのです。

 

 

 

 

加納幸のキャッチコピーは『「女性を美しくすること。」全ては女性の美のために。』とサイトに記載されている。美しいということにとことんこだわる姿勢、それこそが美しいんだと。美しくなるために(外見だけじゃないですよ)、人は生きていると思うから。

 

 

織物の図案を作る前に、まずは手書きで下絵を描く。「自分たちが思う最上級に美しい絵を作り、それを伝えていかなければ美しいものは作れない。そうしなければ伝えていく、図案にする、織っていくそれぞれの過程でその美しさをキープできない。上回ることはなくてもキープできれば最上級に美しいものになる。」と話してくださったのですが、本当にその通りだと納得です。

 

 

驚くほど精密で美しいこの下絵を元に紋意匠図を作成します。そして、その紋意匠図をもとに、紋彫りという型紙を作成するのですが、なんとも細かい方眼紙状の中に絵柄が落とし込まれています。

 

 

 

 

この細かいタテの目1つ1つ1つが、1回ガチャンと機を織るごとにできる柄。どこにどの色を出すのかを決めるのは、タテ糸の動き。どのタテ糸を上げるか、下げるかにより、ヨコ糸がどこを通るのか、表に色が出るのか出ないのかが決まるのです。今はジャカード機があるので、全てを手作業でやらなくてもいいものの、かつては途方もない作業をしていたんだなと……。

 

 

そうやってできた糸や図案を最後に帯の形にするのが、「織る」という工程。現在は紋意匠図はコンピューターで作成されてるそうですが、糸の引っ張り具合の調整や、糸がヨレたりしてないか注意しながら、最終的には人の手によって微調整が加えられ、チェックされて作られていくそう。

 

 

 

 

ファッション業界で仕事をしていたにも関わらず、お恥ずかしいことに日本の伝統的な織物のことをほとんど知りませんでした。それどころかデザインや生産に携わっていた時代も、どんな人が作ってくれているのか、どんなところで作られた生地なのかということに注目する余裕がなく、目の前のタスクをこなすために懸命に走っていた時期が長かった。

 

 

ただ、「あの帽子の型は、もう日本では作れなくなってしまった。」とか、「歴史ある機織工場が破産した!」といった悲しい情報は耳にしていて、需要がないものは仕方ないけれど、一度消えてしまったらもう二度と復活できないんだろうなぁと切ない気持ちになっていました。

 

 

 

 

西陣織を織る機械も、それにまつわる職人が減っていることはわかっていましたが、職人といっても種類は様々。ロールに糸を巻くプロフェッショナルがいることなど、全く知りませんでした。

 

 

京都の伝統工芸は分業制。西陣織といっても織る以外にたくさんの工程があって、その1つ1つの工程が専門性を要し、その道で1人前になるのに何年も、10年くらいかかったりするわけです。それぞれの職人がその道のプロとしてプライドを持って技を極めていくことで、最高品質のものが作られる、というわけ。逆に、1人でも欠けたら完璧なものを作るのが難しくなってしまうのです。

 

 

 

 

1つのものを作り上げるのに、どれだけの人の手を通ってきているのか。私たちの祖先は、みんなで協力して必死に生き、美しさに近づくために力を合わせてきたんだなぁと。伝統工芸、昔ながらの産業や農業の今後にますます興味が湧いてきますし、期待せずにはいられません。

 

 

 

                              

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